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最高裁判所第二小法廷 平成5年(行ツ)141号 判決

上告人

高知県観光株式会社

右代表者代表取締役

小川満

右訴訟代理人弁護士

行田博文

被上告人

高知県地方労働委員会

右代表者会長

小松幸雄

右指定代理人

細木幸彦

外五名

主文

原判決のうち別紙記載の救済命令の部分に関する部分を破棄し、第一審判決のうち右部分を取り消す。

被上告人がした別紙記載の救済命令の部分を取り消す。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを五分し、その一を被上告人の、その余を上告人の負担とする。

理由

上告代理人行田博文の上告理由第一について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、一般乗用旅客自動車運送等を目的とする株式会社であるが、上告人の従業員である平田美知一ら五名は、昭和六一年九月五日、自交総連高知県観光労働組合(以下「申立組合」という。)を結成し、同月八日、自交総連高知地連に加盟した。同日当時の組合員は、右の五名を含む一三名であった。

2  上告人の常務取締役で運行管理者であった立石聡男は、昭和六一年九月八日午後、申立組合の組合員一二名を無期限乗務停止処分にした。その処分理由は、申立組合の組合員の一部の者が、就業時間中であるにもかかわらず、上告人の事務所において申立組合結成の承認を求めるなどの組合活動を行い、立石から職務に専念するよう注意されると激こうして粗暴な言動に及び、他の組合員らもこれに同調して、立石の指揮命令の下で労務の提供をすることを拒否する状態になったため、右組合員らは乗務員としての労務の提供が不可能と判断されたというのである。右の処分を受けた組合員一二名は、同月一七日、高知地方裁判所に対し、就労拒否禁止の仮処分を申請し、右申請を取り下げた一名を除く組合員一一名については、同年一一月一二日、上告人との間で裁判外の和解が成立し、同月二九日、従前どおりの労働条件で職場に復帰した。

3  申立組合に対抗する労働組合である高知県観光社員会(以下「社員会」という。)の設立準備会が、昭和六一年一一月一七日及び同月二〇日の就業時間中に開催され(上告人は、右設立準備会のために乗務員が休務することを認めた。)、席上、上告人の指示で申立組合に対抗する労働組合を結成することになった旨の趣旨説明がされた。社員会は、同月二四日、上告人に結成届を提出し、上告人は、同月二五日、社員会を労働組合として認めた。

4  上告人は、三六協定を締結せずに乗務員に無制限に時間外労働を行わせ、賃金は、各乗務員の勤続年数等に応じて、その水揚高に四二パーセント、四五パーセント又は四六パーセントを乗じた金額を支払うものとして、時間外割増賃金や深夜割増賃金を別に支払っていない(上告人は、従前は時間外割増賃金及び深夜割増賃金を含む趣旨で右のような高率の歩合による賃金を支払っていたと主張している。)など、乗務員の労働条件について労働基準法等に照らして種々の問題があったため、申立組合の申告を受けた高知労働基準監督署から、昭和六一年一〇月一七日、労働時間、休日等について労働基準法等を遵守すべきことなどの点につき是正勧告を受けるとともに、賃金計算方法を整理すること、勤務シフトを明確にすることなどの点について、改善の指導を受けた。そこで、上告人は、勤務シフトを事務所内に掲示するとともに、同年一一月二八日、社員会との間で、有効期限を昭和六二年一一月二五日までとして、時間外労働の許容限度を明確にした三六協定(以下「旧三六協定」という。)を締結し、高知労働基準監督署に届け出た。また、賃金計算方法についても、従前の賃金体系を改め、各乗務員の水揚げ高に三九パーセント、四〇パーセント又は四一パーセントを乗じた額を基礎給として、これに労働基準法所定の各種割増賃金及び年休保障給を加算することを内容とする賃金計算方法(以下「新賃金計算方法」という。)を作成した。

5  上告人は、勤務シフトを事務所内に掲示し、旧三六協定を締結した後もしばらくの間は、乗務員がこれによって許容された時間外労働時間数を超えて時間外労働をすることを事実上黙認し、賃金も従来通りの計算方法によって支払っていたが、昭和六二年二月二七日、申立組合の組合員を含む全乗務員に対し、同年三月一日から勤務シフトに従って乗務するよう指示するとともに、同年三月分以後の全乗務員の賃金を新賃金計算方法によって計算して支払った。

6  申立組合の組合員らは、上告人の右5の指示にもかかわらず、勤務シフトに従わず、従来どおりに無制限に時間外労働を続けた。このため、上告人は、昭和六二年三月七日と同月二〇日に、申立組合に対し、勤務シフトに従って乗務をするよう文書で指示をした。

7  しかし、申立組合の組合員らは、この指示に従わなかったため、上告人は、昭和六二年四月二日、改善基準によって許容されている拘束時間を超過して乗務した時間に相当する時間を出勤停止にするものとして、タコグラフの記録紙及びそれに基づいて作成された勤怠表の調査に基づき、申立組合の組合員七名を、それぞれ六日ないし八日間の出勤停止処分にした(以下、右処分を「第一次出勤停止処分」という。)。

次いで、上告人は、同年六月四日、勤務シフトを遵守せず、無線配車にも非協力的であったとして、申立組合の組合員である毛利武司ら三名を解雇した。

さらに、上告人は、同年七月三日にも、再三の指導にもかかわらずその後も勤務シフトに従った乗務をしなかったとして、申立組合の組合員一〇名を、それぞれ六日間ないし一四日間の出勤停止処分にした(以下、右処分を「第二次出勤停止処分」という。)。

8  右7の処分がされた当時、申立組合の組合員以外の者の中には、勤務シフトを遵守しなかったことを理由として懲戒処分を受けた者はいなかったが、昭和六二年四月二日の第一次出勤停止処分の時点では、同年三月分の全乗務員のタコグラフの記録紙の調査を終えておらず、また、右各出勤停止処分当時、申立組合の組合員以外の者の中にも、タイムカードに記録された各終業時刻とタコグラフの記録紙から推測されるそれとの間に食い違いのある者やタコグラフの記録紙を取り外した状態で乗務をしていた者もあった。

9  上告人は、昭和六二年一〇月三〇日、当時の従業員の過半数で組織されていた社員会との間で、勤務シフトの変更を合意し(以下、この勤務シフトを「新勤務シフト」という。)、新勤務シフトを前提として許容される時間外労働時間を増加することなどを内容とする三六協定(以下「新三六協定」という。)を締結するとともに、賃金については、新賃金計算方法による基礎給の歩合を38.5パーセント、39.5パーセント又は40.5パーセントに引き下げることを合意した。

10  申立組合は、社員会と同一内容の三六協定を締結することには異論はなかったが、賃金については、基礎給を水揚高に四五パーセント又は四六パーセントを乗じた額とし、これに時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うことを要求して団体交渉を申し入れ、昭和六二年一二月一日及び同六三年二月二三日に上告人との間で団体交渉を行った。しかし、上告人は、賃金計算方法についても社員会と同様の改定を行うことを強く主張して、申立組合との間で新勤務シフトを前提とする三六協定を締結することを拒否し、昭和六二年一一月二六日以降、申立組合の組合員が時間外労働を行うことを禁止した。

11  それにもかかわらず、申立組合の組合員が一名を除き時間外労働を行ったため、上告人は、昭和六二年一二月一五日から同六三年四月二〇日までの間に、申立組合の組合員に対し、五回にわたり、出勤停止又は減給の懲戒処分を行った(以下、併せて「第三次懲戒処分」という。)。

12  このような中で、申立組合の書記長である松岡旦人は、昭和六三年二月一五日、三月一八日及び同月二〇日の就業時間内に組合活動を行うために、休務届を提出したが、上告人は、これを認めず、同月二四日、右各日に休務した松岡に対し、同人が度々就業時間内に組合活動を強行したとして、三〇日間の出勤停止処分をした。

13  申立組合は、昭和六三年三月七日、被上告人に対し、上告人を被申立人として不当労働行為救済の申立てをしたところ、被上告人は、平成二年一月一一日、(1) 右7記載の第一次出勤停止処分及び第二次出勤停止処分、(2) 右11記載の第三次懲戒処分、(3) 右12記載の松岡に対する出勤停止処分並びに(4) 上告人が申立組合との間で新勤務シフトを前提とする三六協定を締結することを拒否して、申立組合の組合員の時間外労働を禁止している行為は、いずれも、労働組合法七条一号及び三号に違反する不当労働行為に該当するとして、第一審判決添付の命令書記載のとおりの救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発した。

二  右事実関係の下において、原審は、右(1)ないし(4)の行為は不当労働行為に該当すると判断したところ、所論は、この判断のうち、右(2)及び(4)の行為が不当労働行為に当たるとした原審の判断は、労働組合法七条一号及び三号の解釈適用を誤るものであるというのである。

三  そこで検討するのに、原審の右判断のうち、上告人が申立組合の組合員の時間外労働を禁止している行為が不当労働行為に当たるとした部分は、是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

1  同一企業内に複数の労働組合が併存する場合には、各組合は、それぞれ独自に使用者との間で労働条件等について団体交渉を行い、労働協約を締結し、あるいはその締結を拒否する権利を有するのであるから、併存する組合の一方は使用者との間に一定の労働条件の下で時間外労働をすることについて労働協約を締結したが、他方の組合はより有利な労働条件を主張し、右と同一の労働条件の下で時間外労働をすることについて反対の態度を採ったため、時間外労働に関して協約締結に至らず、その結果、後者の組合員が使用者から時間外労働を禁止され、前者の組合員との間に時間外労働に関し、取扱いに差異を生じることになったとしても、それは、各組合が異なる方針ないし状況判断に基づいて選択した結果によるものである。したがって、使用者が、団体交渉において、労働組合の団結権の否認ないし弱体化を主な意図とする主張に終始し、右団体交渉が形式的に行われたにすぎないものと認められる特段の事情のない限り、使用者が、団体交渉の結果により、時間外労働について、併存する組合の組合員間に取扱上の差異を生ずるような措置を採ったとしても、原則として、不当労働行為の問題は生じないものと言わなければならない(最高裁昭和五三年(行ツ)第四〇号同六〇年四月二三日第三小法廷判決・民集三九巻三号七三〇頁参照)。

2  これを本件についてみると、原審の適法に確定した前記事実関係及び記録によれば、以下の諸点を指摘することができる。

(一)  上告人は、昭和六二年一二月一日及び同六三年二月二三日に行われた三六協定の締結及び賃金支払方法に関する団体交渉において、申立組合に対し、社員会との間で合意したように、新賃金計算方法による基礎給の歩合を引き下げることに同意しないのであれば、深夜にわたる時間外労働の延長を許容する三六協定の締結には応じられないとの態度を示したものであるが、このような上告人の主張には、一応合理的な理由があるものと見ることができる。前記のように、時間外割増賃金、深夜割増賃金を区別して支給していなかった従前の賃金体系について高知労働基準監督署の改善の指導を受け、上告人は、これに従って、賃金計算方法を改める必要に迫られていた。そして、従前の賃金体系では、時間外及び深夜労働に対する割増賃金に当たる部分を判別することはできないものであるから、就業規則に賃金計算方法についての定めが置かれていることのうかがわれない本件においては、賃金計算方法を変更することにつき、労働組合との間に協約が成立するか、労働者の個別の同意を得られない限り、上告人は、従来支払っていた賃金に、時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払う義務があるものと解さざるを得ない(最高裁平成三年(オ)第六三号同六年六月一三日第二小法廷判決・裁判集民事一七二号六七三頁参照)。そのような状況の下において、上告人は、高知労働基準監督署の指導に従うため、昭和六二年三月一日以降、全乗務員につき、賃金を新賃金計算方法によって支払うこととしたところ、社員会は、新賃金計算方法を承認した上で、同年一〇月三〇日には、新勤務シフトを前提として、従前に比べて時間外労働を延長することを許容する新三六協定を締結し、併せて新賃金計算方法による基礎給の歩合を引き下げることを合意した。これに対して、申立組合及びその組合員は、新賃金計算方法を承認せず、従来の賃金体系による賃金に時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うことを要求し続けていたというのである。上告人が時間外割増賃金及び深夜割増賃金を含むとの認識の下に従前の賃金体系を採用していたとすれば、乗務員に深夜にわたる時間外労働の延長を許容しながら、従来の賃金に時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うことは、過大な賃金を払わざるを得なくなることを意味し、経営上の負担になることは容易に推認することができるし、また、仮に上告人が申立組合の組合員についてだけ右のような労働条件を認めたならば、社員会の組合員との対比において、申立組合の組合員だけに著しく有利な労働条件を認めることになることが明らかである。このような事情にかんがみると、前記団体交渉における上告人の主張には、一応合理的理由があるとみることができる。

(二)  上告人は、新勤務シフトの導入とこれを前提とする三六協定の締結及びこれに伴う新賃金計算方法による基礎給の歩合の変更について社員会とのみ協議をし、申立組合とは何らの協議を行うことなく、申立組合の組合員の時間外労働を禁止したものであるが、賃金の支払に関して前示のような要求を続けていた申立組合が、新賃金計算方法を承認した上で、基礎給の歩合を更に引き下げることを簡単に受け入れないであろうことは容易に推認できるところであって、上告人が、これらの労働条件について、まず社員会との間で協議を行い、これらの点について合意を成立させようとしたとしても、その態度をあながち不当なものということはできない。そして、上告人は、申立組合の組合員による時間外労働を禁止したものの、その五日後には、新勤務シフトの導入とこれを前提とする三六協定の締結及びこれに伴う新賃金計算方法による基礎給の歩合の変更について、申立組合との間でも団体交渉を行っていることからすると、申立組合との間で団体交渉を行った時期が遅きに失したものとまではいえない。

(三)  また、使用者が、多数派組合との間で合意に達した労働条件で少数組合とも妥結しようとするのは自然の動きというべきであって、少数派組合に対し、右条件を受諾するよう求め、これをもって譲歩の限度とする強い態度を示したとしても、そのことだけで使用者の交渉態度に非難すべきものがあるとすることはできない。したがって、上告人が申立組合との間で行った団体交渉において、社員会との間で合意したように、新賃金計算方法による基礎給の歩合を引き下げることを強く主張し、この点について合意しないかぎり新勤務シフトを前提とする三六協定の締結には応じられないとの態度を採ったこと自体をもって、誠実な団体交渉を行わなかったものと評価することはできない。そして、原審は、他に上告人の交渉態度が不誠実であったことをうかがわせる事実を認定していないから、その認定した事実関係の下では、上告人の交渉態度が不誠実であったと評価するには足りないものといわざるを得ない。かえって、記録によれば、上告人は申立組合との間で行った団体交渉において、高知労働基準監督署の指導を受け、従前の賃金体系を改める必要があること、社員会の組合員らと同様の時間外労働を認めつつ、これに対して申立組合が要求するような賃金を支払うことは、経営上困難であることを説明していることがうかがわれるのである。

3 申立組合の結成後において、上告人が申立組合及びその組合員に対して行ってきた前記認定のその他の行為を考慮しても右(一)ないし(三)に指摘したところによれば、上告人が申立組合との間の団体交渉において、前記のような主張をした主な意図が申立組合の団結権の否認ないし弱体化にあり、右団体交渉が、申立組合の組合員が時間外労働を禁止されているという既成事実を維持するために形式的に行われたものであると断定するには足りないものといわざるを得ない。そうすると、上告人が、申立組合との間で新勤務シフトを前提とする三六協定の締結を拒否して、申立組合の組合員の時間外労働を禁止している行為が不当労働行為に当たるとした原審の判断には、労働組合法七条一号及び三号の解釈を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決のうち、本件救済命令の別紙記載部分に関する部分は、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本件救済命令の右部分は、違法として取消しを免れないものというべきであるから、第一審判決のうち、本件救済命令の右部分の取消しを求める上告人の請求を破棄した部分を取り消し、本件救済命令の右部分を取り消すこととする。

四  次に、原審の適法に確定した前記事実関係の下において、第三次懲戒処分が不当労働行為に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができる。すなわち、前記事実関係によれば、上告人は、申立組合の設立以後、申立組合の組合員の業務命令違反行為等をとらえて懲戒処分を繰り返しており、特に勤務シフト不遵守を理由としてされた第一次出勤停止処分及び第二次出勤停止処分は、申立組合の組合員以外の者の中にも勤務シフトの不遵守が疑われる者があったのに、全乗務員の勤務状況の調査が完了しない段階で、申立組合の組合員のみを対象として行われたものであることや、上告人は、就業時間内に社員会の設立準備会を行うことを認める一方で、申立組合の書記長である松岡が就業時間内に組合活動をしたことについては、三〇日間にもわたる出勤停止処分をしていることなどからすれば、これら一連の懲戒処分は、申立組合を嫌悪し、その組合員に不利益を与えることを主な意図として行われたものと判断せざるを得ない。そして、これらの経緯にかんがみると、第三次懲戒処分も、それ以前における一連の懲戒処分と同様の意図の下に行われたものとみるのが相当である。したがって、この点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官大西勝也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大西勝也の反対意見は次のとおりである。

一  私は、上告理由第一についての多数意見のうち、第三次懲戒処分が不当労働行為に当たるとする点には賛成するが、上告人が申立組合の組合員の時間外労働を禁止している行為自体は不当労働行為に当たらないとする点には同調することができず、右行為も不当労働行為に当たると解すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。

1  多数意見が、最高裁昭和五三年(行ツ)第四〇号同六〇年四月二三日第三小法廷判決を引用して、同一企業内に複数の労働組合が併存する場合に、会社と各組合との交渉等の結果、時間外労働の取扱いに関し、両者の組合員間に差異が生ずることになったとしても、それは、使用者と労働組合との間の自由な取引の場において、各組合が異なる方針ないし状況判断に基づいて選択した結果によるものとして、事柄を一般的、抽象的に論ずる限り、不当労働行為の問題は生じないとする点には、異論がない。

2  しかし、多数意見が、① 上告人が、乗務員に深夜にわたる時間外労働の延長を許容しながら、従来の賃金体系による賃金に時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うことは経営上の負担となり、また申立組合の組合員についてだけこのような労働条件を認めたならば、社員会の組合員との対比において、申立組合の組合員にだけ著しく有利な労働条件を認めることになるから、団体交渉における上告人の主張には、一応合理的な理由があると認められること、② 上告人が、新勤務シフトの導入とこれを前提とする三六協定の締結及びこれに伴う新賃金計算方法による基礎給の歩合の変更について、まず社員会との間で協議を行い、これらの点について合意を成立させようとしたことは不当とはいえず、また、上告人が申立組合の組合員による時間外労働を禁止したものの、その五日後には三六協定の締結及びこれに伴う基礎給の歩合の変更について申立組合との間でも団体交渉を行っているから、右団体交渉の時期が遅きに失したとまではいえないこと、③ 上告人が申立組合との間で行った団体交渉において、社員会との間で合意したように、新賃金計算方法による基礎給の歩合を引き下げることを強く主張し、この点について合意をしない限り新勤務シフトを前提とする三六協定の締結には応じられないとの態度を採ったこと自体をもって、誠実な団体交渉を行わなかったものと評価することはできないこと、以上の点を挙げ、上告人と申立組合との団体交渉が、申立組合の組合員が時間外労働を禁止されているという既成事実を維持するために形式的に行われたものであると断定するには足りないとしている点については、見解を異にする。

3  原審の適法に確定した事実及び記録によれば、この点を検討するについて考慮すべき事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)(1) 申立組合が昭和六一年九月五日に結成され、同月八日、自交総連高知地連に加盟するや、上告人は、直ちに同日午後、申立組合の組合員一三名中一二名を上告人事務所内での就業時間中の組合活動等を理由として無期限乗務停止処分にした。

(2) 社員会は、昭和六一年一一月二四日、上告人に結成届を提出し、上告人は、翌二五日、これを労働組合として認めたが、同月一七日及び二〇日に開催された設立準備会については、申立組合の場合とは異なり、上告人事務所内でかつ就業時間中(上告人は右設立準備会のためには乗務員の休務を承認した。)行うことを認めた。また、その席上、上告人の指示で申立組合に対抗する労働組合を設立することになった旨の趣旨説明がされた。

(二)(1) 上告人は、昭和六一年一〇月、高知労働基準監督署からの是正勧告及び改善指導を受けて、勤務シフト(昭和五九年に労働基準監督署に届けてあったが、実際には履行されていなかったもの)を事務所内に掲示するとともに、昭和六一年一一月二八日、社員会との間で旧三六協定を締結した。また、申立組合との間では何らの協議もなく新賃金計算方法を作成し、その後昭和六二年二月二六日に至り、申立組合の組合員を含む全乗務員に対し、同年三月一日から勤務シフトを遵守するよう指示するとともに、同年三月分以後の賃金を新賃金計算方法によって計算して支払った。

(2) 社員会の幹部役員が昭和六二年三月中旬ころ申立組合の組合員に対し、勤務シフトや新賃金計算方法は申立組合を締め出すためのものであって、そのとおり実施すると乗務員が困ることは上告人も承知しており、ボーナスの際に考慮するとか、申立組合の勢力が弱って元の状態になれば歩合を上げる等の含みもあるなど、勤務シフト及び新賃金計算方法をめぐっての社員会と上告人との協議の内容を示唆する発言をした。

(三)(1) 申立組合の組合員が昭和六二年三月一日以後も上告人の指示に従わず従来どおり時間外労働を続けたため、上告人は、同年四月二日、改善基準によって許容されている拘束時間を超過して乗務した時間に相当する時間を出勤停止にするものとして、タコグラフの記録紙及びこれに基づいて作成された勤怠表の調査に基づき、申立組合の組合員七名を第一次出勤停止処分にし、その後同年六月四日、勤務シフト不遵守等を理由に、申立組合の組合員三名を解雇し、さらに同年七月三日にも、勤務シフト不遵守を理由として、申立組合の組合員一〇名を第二次出勤停止処分にした。

(2) 右(1)の処分当時、申立組合の組合員以外の者で勤務シフト不遵守を理由として懲戒処分を受けた者はいなかったが、第一次出勤停止処分の時点では、同年三月分の全乗務員のタコグラフの記録紙の調査を終えておらず、また、右各出勤停止処分当時、申立組合の組合員以外の者の中にも、タイムカードに記録された終業時刻とタコグラフの記録紙から推測されるそれとの間に食い違いのある者、タコグラフの記録紙を取り外した状態で乗務していた者もあり、その後申立組合の指摘に基づき上告人において昭和六二年一一月から同六三年一月までの分を調査した結果、申立組合の組合員以外の乗務員のうち少なくとも一七名がタコグラフを外していたことが明らかとなり、平成元年五月二五日に至ってようやくこれらの者に対する懲戒処分が行われた。

(四)(1) 上告人は、昭和六二年一〇月三〇日、当時の従業員の過半数で構成されている社員会との間で、新勤務シフトについて合意し、新勤務シフトを前提として許容される時間外労働時間を増加すること等を内容とする新三六協定を締結するとともに、新賃金計算方法による基礎給の歩合を引き下げることを合意した。

(2) 上告人は、(1)のように社員会とのみ協議し、申立組合とは何らの協議を行うことなく、昭和六二年一一月二六日、申立組合の組合員に対し、申立組合とは三六協定を締結していないことを理由として、一方的に時間外労働を禁止した。申立組合としては、社員会と同一内容の三六協定を締結することには異論がなかったが、基礎給の歩合を前記是正勧告前と同じとすることを要求して団体交渉を申し入れ、上告人と社員会との合意成立後一箇月余経過した同年一二月一日及び昭和六三年二月二三日、ようやくこの問題についての団体交渉が行われるに至った。これらの団体交渉において、申立組合は、まず三六協定を締結し、賃金の計算方法については、基礎給の歩合の引下げにも条件次第で応ずる旨主張したが、上告人は、申立組合が賃金計算方法について社員会と同様の改定を行うことに応じなければ、三六協定の締結には応じられないとして、合意が成立するには至らなかった。それにもかかわらず、申立組合の組合員が一名を除き時間外労働を行ったので、これを理由として第三次懲戒処分が行われた。

(五) なお、申立組合の組合員は、当初は前記のとおり一三名であったが、その後の度重なる懲戒処分、解雇、さらには、残業による収入が得られないため賃金額が従前より減少し、かつ、社員会の組合員より低額となったこと等に基づく退職により漸減し、本件救済命令申立当時には八名(社員会の組合員は当時二九名)に、その審問終結時には二名となった。

4  3に摘記した事実関係からみると、多数意見の判断には以下述べる理由により同調することができない。

(一) 上告人が時間外割増賃金及び深夜割増賃金を含むとの認識の下に従前の賃金体系を採用していたとすれば、深夜にわたる時間外労働を許しながら、従来の賃金に時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うことは、支払賃金が大幅に増加して経営上の負担になり、また仮に上告人が申立組合の組合員だけに右のような労働条件を認めるならば、社員会の組合員との対比において、申立組合の組合員のみに著しく有利な労働条件を認める結果になるという意味で、団体交渉における上告人の主張には一見合理的な理由があるようにも見える。しかし、この見方は、時間外労働と賃金計算方法との関係について、その外形や表面上の理由のみを取り上げてこれを抽象的に観察したきらいなしとしない。前述した申立組合及び社員会の結成の経過、上告人の申立組合に対する種々の差別的処遇、申立組合の組合員に対する一連の過酷ともみられる差別的懲戒処分に加えて、社員会結成のわずか四日後に社員会との間に三六協定を締結し、社員会との間では勤務シフト及び賃金計算方法について何らかの協議が行われたと推測されるのに、申立組合との間では何らの協議もなく、新賃金計算方法を作成して全乗務員に一律に適用したこと、勤務シフトや新賃金計算方法が申立組合を排除するための手段であって、社員会に対しては何らかの方法による見返りの措置が別途予定されていたと推測される状況すら存在すること等を勘案すると、旧三六協定又は新三六協定を締結するための条件として、新しい賃金体系を定めるについては、一方において、申立組合が主張するとおり従来の賃金に時間外割増賃金及び深夜割増賃金を加算して支払うものとすることが上告人に対しいささか酷な面があるのはともかく、他方において、上告人の主張する新賃金計算方法ないし歩合の変更につき、単に社員会との間で合意に達したという理由でこれを絶対的なものとして固執するだけの合理性を有するものとは、解し難いといわざるを得ない。

(二) 上告人が、新勤務シフトの導入及びこれに伴う基礎給の歩合の変更について、社員会とは協議をした上、昭和六二年一〇月三〇日合意を成立させたにもかかわらず、その時点までに、申立組合とは何らの協議も行わず(もっとも、申立組合の組合員に対する懲戒処分、解雇等についての団体交渉の機会に、たまたま話題がこの点に及んだこともあることがうかがわれるが、もとよりそれが主題ではなかった。)、同年一一月二六日、一方的に申立組合の組合員の時間外労働を禁止し、その五日後、社員会との合意成立後一箇月余も経過して初めて、この問題を主題とする団体交渉を開始した。これらの点からみると、申立組合が従来は新賃金計算方法による基礎給の歩合の変更に反対していたという事情を考慮にいれても、上告人が申立組合と社員会を公平に取り扱ったということはできない。

(三) 上告人は、前記のとおり、まず申立組合の組合員の時間外労働を禁止した上で、昭和六二年一二月一日及び同六三年二月二三日に申立組合と団体交渉を行ったが、申立組合は、社員会と同一内容の三六協定を締結することを希望し、賃金計算方法については後で話し合うこととし、歩合の変更も条件次第によっては受け入れる用意がある旨提案したが、上告人は、社員会との間で合意の成立した賃金計算方法の改定に固執してこれが先決であると主張し、申立組合の提案には応じなかった。しかし、上告人としては、従業員の過半数で組織する社員会との間で三六協定が締結されている以上、申立組合の組合員に時間外勤務を命じるについて法律上の障害はなく、また、上告人が主張し、社員会との間で合意に達した賃金計算方法の改定が必ずしもそれ程の合理性を有するものとは認め難いことは前記のとおりであるから、右団体交渉における上告人の交渉態度を誠実なものと評価することは困難といわざるを得ない。

(四) 3に摘記した事実関係、特に右(一)ないし(三)の点を併せ考えると、上告人が、まず申立組合の組合員に対し、一方的に時間外労働を禁止することにより既成事実を作った上で、その後申立組合との団体交渉において、誠意をもって交渉せず、社員会との合意内容をそのまま受け入れるよう、上告人の主張に固執したことの主たる動機、原因は、申立組合の組合員を、従前に比べ、かつ、他の乗務員より、経済的に不利益を伴う状態に置くことにより、申立組合の弱体化を図る意図に基づくものであったと推断されてもやむを得ないというべきである。

そうすると、上告人が申立組合の組合員の時間外労働を禁止している行為が不当労働行為に当たるとした原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして是認することができ、この点の論旨は理由がない。

二  上告理由第二については、原審の適法に確定した事実関係の下において、本件救済命令の賃金相当額算定方法が、労働委員会にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用した違法があるものとはいえないとした原審の判断は是認することができ、この点の論旨も採用することができない。

三  よって、論旨は、すべて採用することができず、本件上告は、これを棄却すべきものである。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一)

(別紙)

被上告人が高労委昭和六三年(不)第一号事件について平成二年一月一一日付けでした救済命令のうち、次の部分

(一) 主文第二項及び第三項

(二) 同第四項のうち、自交総連高知県観光労働組合の組合員のみに時間外労働を禁止し、右組合員以外の全乗務員に認めているのとは異なる勤務シフトによる勤務をさせて、右組合の運営に支配介入することを禁じた部分

上告代理人行田博文の上告理由

第一 原判決は、上告人の為した時間外労働を理由とする処分につき、労働組合法七条一号ならびに三号の解釈適用を誤った違法がある。

一 原判決は、その三枚目表(第一審判決二二枚目裏九行目乃至二四枚目裏五行目)において、上告人の為した時間外労働を理由とする処分に対し、「一般的、抽象的に論ずるかぎり、団体交渉において、労働組合が使用者の呈示した労働条件のもとで残業することに反対の態度をとり、より有利な労働条件を主張したため、使用者と労働組合との間において、残業に関して協定締結に至らず、その結果、労働組合の組合員が残業を命ぜられないこととなっても、それは使用者と労働組合との間の自由な取引の場において、労働組合が選択した結果であり、使用者の行為につき、不当労働行為の問題は生じないということができる。しかしながら、本件の場合には、原告(上告人)と申立組合との間には、次のような特段の事情が認められるから、右の一般論を考慮してもなお、原告(上告人)の行為は、労働組合法第七条一号及び三号に該当すると言わざるをえないものである。」と判断し、その特段の事情として

(一) 原告(上告人)は、昭和六二年一一月二六日に新三六協定が締結されるまでは、申立組合とは三六協定を締結していなかったにもかかわらず、申立組合が新勤務シフトにより乗務して時間外労働を行うことを認めていたこと。

(二) 申立組合が、新三六協定と同様の三六協定の締結を希望していたのであり、そうすると、原告(上告人)は、従業員の過半数で組織する労働組合である社員会と新三六協定を締結しているのであるから、労働基準法上は、申立組合の組合員が時間外労働を行うことを認めてもさしつかえなかったこと。

(三) 原告(上告人)が、賃金計算方式が異なるとはいうものの、昭和六二年一一月二六日以後、非組合員が時間外労働を行うことを認め、これに対し割増賃金を支払いながら、申立組合の組合員が時間外労働を行うことを禁止し、その結果、申立組合の組合員の賃金額は従前と比較して減少することとなり、非組合員と比較しても少なくなったこと。

(四) 申立組合の主張するとおり(そのまま引用・原告の主張するとおりの誤りではないかと思われる。)、時間外労働を認めることとなると、原告(上告人)において経営上の不利益を受けるおそれがあることは一応考えられなくはないが、原告が誠実な団体交渉を行わず、申立組合の賃金計算方式の改訂に固執し、申立組合が新賃金計算方式に同意しない限り、申立組合の組合員が時間外労働を行うことを認めないという態度をとったこと(この点は労使対抗の場で別途解決を図るべきである。)。

(五) その他第一審判決理由二で認定の組合結成から社員会結成に至る原告(上告人)における労使関係の経緯、原告(上告人)の労務対策、申立組合の組合員の減少等。

しかしながら、右判断は労働組合法七条一号及び三号の解釈適用を誤ったものである。以下、詳論する。

二1(一) 労働組合法七条一号所定の不利益取扱いの成立要件としては、

イ 労働者の組合結成、または加入若しくは組合活動の存在

ロ 使用者の不利益処分の存在

ハ イとロとの間の因果関係(使用者の差別待遇意思)の存在

が要求され、右要件が充足されない限り不利益取扱いとはならない。

(二) また、同条三号所定の支配介入の成立については、

イ 労働者の組合結成、運営に対する支配若しくは介入の存在

が要求され、右要件の外支配介入の意思が必要とされるか否かはさておき、少なくとも、支配介入の成立阻却事由(支配介入についての合理的理由)の存在が立証されれば支配介入とはならない。

2 原審の前記判断は、上告人の時間外労働を理由とする処分と申立組合の組合員の組合活動間の因果関係がないにもかかわらず、また、支配介入の成立阻却事由があるにもかかわらず、労働組合法七条一号及び三号を解釈適用したものである。

(一) 上告人が申立組合の組合員からの時間外労働の受領を拒否しているのは、決して右組合員が組合を結成し、または加入若しくは組合活動をしているからではなく、右受領拒否には正当な理由がある。

なるほど上告人は非組合員ら三五名のタクシー乗務員とは三六協定を締結し、時間外労働を受領している。しかし、これは右非組合員らとの間において昭和六一年一一月二六日、基礎給を水揚高の三九パーセント、四〇パーセントまたは四一パーセント(昭和六二年一〇月三〇日には基礎給を水揚高の38.5パーセント、39.5パーセントまたは40.5パーセント)とし、これに各種割増給及び年給保障給を加算する新賃金計算方式の合意が成立しているからである。これに対して、各組合員らは基礎給を四五パーセントまたは四六パーセントとし、これに各種割増給及び年給保障給を加算する賃金計算方式を従前より強固に主張している。このような賃金計算方式を主張する右組合員の時間外労働は高価にすぎ、これを購買すれば、申立組合の組合員以外のタクシー乗務員に対する関係で不公平が生ずるばかりか上告人の経営に支障が生じ、その存立にも影響する。上告人が、右組合員の時間外労働の受領を拒否しているのは正にこの一点に尽きるのである。原判決も、一般論として述べているとおり、上告人が、申立組合の組合員の時間外労働の受領を拒否したのは、申立組合がより有利な条件を主張したためであって、このような場合の時間外労働の受領拒否は、正当な理由があり不当労働行為にはならないと言うべきである。

(二) 原判決は、本件の場合は前記特段の事情があるとして、上告人が申立組合の組合員からの時間外労働の受領を拒否したことを不当労働行為と判断するが、

(1) 前記特段の事情(一)については、上告人において、時間外労働を突然に拒否することは急にすぎるため妥当でないと判断して、一定の猶予期間を設けた結果にすぎず、さしでがましいことではあるが、むしろ申立組合の組合員の利益をも考慮したものである。

(2) 前記特段の事情(二)については、確かに、労働基準法上は申立組合の組合員が時間外労働を行うについて支障はない。しかし、時間外労働の対価は会社経営に重大な影響を及ぼすものであり、時間外労働を受領するか否かは、その時間外労働の値段を考慮するなど会社経営の観点から判断されるべき事柄である。法的に支障がないからといって、結果的に上告人に高価な時間外労働を受領すべきことを要求することになる前記特段の事情(二)は会社経営に制約を加え、選択権を奪うものであり合理性に欠ける。

(3) 前記特段の事情(三)についても、申立組合の組合員の賃金額の減少は、申立組合が有利な労働条件を主張し、上告人がこれを受諾しなかったことの当然の帰結であって、申立組合の組合員の選択により生じたものである。

(4) 前記特段の事情(四)においては、上告人が、申立組合の賃金計算方式の改訂に固執をするなどして誠実な団体交渉を行わなかったと断定する。

しかしながら、時間外労働の受領拒否をした当時の上告人においては、昭和六一年一〇月一七日付高知労働基準監督署の是正勧告に従った結果、乗務員の労働時間が減少し、昭和六一年度は金六九万八五三一円の赤字を計上し、昭和六二年度も赤字が計上される見通しが明白となっており(実際昭和六二年度は金二六九万一二八二円、昭和六三年度は金八七一万四九三六円の経常損失を出した。)、賃金計算方式の改訂に固執せざるを得ず、申立組合が提示する高価な時間外労働など受領できる経営状態ではなかった。団体交渉の席で右賃金計算方式の改訂を主張することは、経営者側に認められた企業防衛手段である。とりわけ、経営損失を出している上告人のような小企業経営者にとっては重要な企業防衛手段と言うべきである。これに対し、申立組合の組合員らは、多人数で団体交渉に臨み、基礎給は四二パーセント、四五パーセント(四六パーセント)であること、右基礎給に二割五分もしくは五割を乗じた額を割増賃金とすべきこと、それまでの割増賃金は未払であるとして民事訴訟を提起してでも右率に基づく割増賃金の支払を請求する旨継続して強行に主張した。そして、実際に申立組合の組合員らは昭和六二年一二月二五日、基礎給を四二パーセント、四五パーセント(四六パーセント)として、右基礎給に二割五分もしくは五割を乗じた割増賃金の支払を訴求するに至っているのであって(高知地方裁判所昭和六二年(ワ)第六六六号 高松高等裁判所平成元年(ネ)第二六六号 最高裁判所平成三年(オ)第六三号)、労使対抗の場で別途解決を図りうる状態ではなかった。因みに、これらの事実は上告人が第一審、原審で主張しているところであるが、第一審判決、原判決においてその主張の項にも記載されておらず、その理由においても認定されていない。

右のような上告人の経営状態、申立組合の攻撃内容からすれば、上告人が新賃金計算方式に同意しない限り、組合員の時間外労働を受領し難いとした上告人の態度は、正当な企業防衛手段の行使であって、不当労働行為の事情として評価すべき事柄ではない。

(5) 前記特段の事情(五)においては、組合結成から社員会結成に至る上告人における労使関係の経緯、労務対策、申立組合員の減少等を挙げる。右事情は、上告人側からみれば高知労働基準監督署の前記是正勧告、指導の早期実現に努めた結果であるが、上告人の組合員からの時間外労働受領拒否については、前述したとおりその時間外労働が高価に過ぎるためであって、この拒否に関しては明白な正当理由があると評価されるべきである。確かに申立組合の結成以降、申立組合と上告人間には多くの労使紛争が生じている。しかしながら、右労使紛争の故をもって、上告人の時間外労働拒否が不当労働行為になると判断されるとなると、すべての処分が不当労働行為になってしまうのではないかという素朴な疑問が生ずる。とりわけ上告人の時間外労働の拒否については明らかな正当理由があり、他の処分とは区別して評価されてしかるべきと考えられる。

第二 原判決は、上告人が支払うべき賃金相当額の算出につき上告人の全タクシー乗務員の一人あたりの平均賃金月額を基礎とするが、この判断は労働基準法第三七条、第一一四条の解釈適用を誤ったものである。

一 原判決は、その三枚目表(第一審判決二四枚目裏六行目乃至三五枚目表八行目)において「原告(上告人)は、原告(上告人)の全乗務員の一人あたりの平均賃金月額を基礎として、原告(上告人)が支払うべき賃金相当額を算出するのは不公平であると主張するが、原告(上告人)が、松岡、杉村に対しては、平成二年三月二六日より以前に、また、それぞれ原告(上告人)の従業員としての地位を失った日である畑山については昭和六三年一〇月一九日、谷については平成元年一月一三日までに、同人らに対し、時間外労働を伴い非組合員と同一条件の勤務シフトによる乗務を行うように指示したことは認められず、実際にも、同人らが社員会の組合員とは異なる勤務シフトにより勤務し、時間外労働等の勤務時間にも相違があることを考えると、被告(被上告人)が、本件命令において、右四名に支払われるべき賃金相当額を原告(上告人)の全乗務員(但し、懲戒等により、当該賃金月額が通常の額に満たない者は除く。)の一人あたりの平均賃金月額を基礎として算出すべきものとしたことをもって、原告(上告人)が本件命令の内容を決するにあたって有する裁量権の範囲を逸脱し、または、裁量権を濫用した違法なものであるといいがたいのみならず、前記(一)のような控訴人(上告人)乗務員の賃金に関する従前の労使関係の経緯等に鑑みると、本件命令の持った賃金相当額算出方法は当事者間の公平をも考慮した適切妥当な措置であるというべきであるから、控訴人(上告人)の右主張は理由がない。」と判断する。

二 しかしながら、原判決の右の考え方は懲罰的、制裁的色彩を有するものである。労働基準法第一一四条においては、付加金支払制度の規定を設けているのであって、これに加重して申立組合の組合員に実際取得している賃金以上の賃金の支給を認めることは労働基準法第三七条、第一一四条に違反すると言うべきである。とりわけタクシー乗務員の賃金は出来高制であって、各々のノウハウ、実労働時間などにより取得する賃金に差があるのが通常である。当該タクシー乗務員の賃金月額を基礎として上告人が支払うべき賃金相当額を算出してこそ公平が確保できると考える。

そこで、実質的にも公平な賃金相当額を算出すべきであるが、申立組合は、被上告人の昭和六三年(不)第一号不当労働行為救済申立事件において、審査の実効性確保の措置申立をなし、上告人は事実上これを受けて、右四名は昭和六三年六月以降自由に時間外労働を継続している。従って、右四名各人の平均賃金額を算定しうるのであり、かつこの算定が実質的にも公平な算定方法と言うべきである。

原判決は、上告人が申立組合の組合員四名に対し、時間外労働を伴い非組合員と同一条件の勤務シフトによる乗務を行うよう指示したことは認められず、同人らが社員会の組合員とは異なる勤務シフトにより勤務し、時間外労働等の勤務時間にも相違があるとして、賃金相当額の算出について上告人の全乗務員の一人あたりの平均賃金月額を基礎とする。しかしながら、上告人は、申立組合に社員会の組合員と同一条件の勤務シフトにより乗務することを継続して指示していたものであり、これに対し申立組合の組合員は、社員会の組合員と同一条件の勤務シフトによる乗務を認めることになると賃金計算方式の改訂まで認めることになるとして、社員会の組合員と同一条件の勤務シフトによる乗務を拒んできたものである。

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